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      舞妓と芸妓

      Posted by admin on 24th 5月 2008

      さて、いよいよ廓の花形、芸妓、舞妓について説明しよう。
      芸妓、舞妓は宴席の花である。華やかな衣装に身を包み、笑顔や会話で客の心を和らげ、三昧の音や舞でムードを盛り上げる。 ドンチャン騒ぎしたいときには賑やかに、落ち着きたいときはしっとりと、様々なお客のTPOに合わせて座敷をプロデュースするのは決して容易なことではない。 本芸に於いても、舞、唄、三味線、鳴物等、たいていは5~6つ以上の稽古事に通っている。 そうでなければ多様な客の要望に対応してはゆけないのだ。
      舞妓とは芸妓になる前の15才から20才くらい迄の少女のことである。 戦前は10才から15才の年少者であった為、座敷では舞だけを披露したのでこの呼び名がついたのが大正時代だとか。 江戸末期の町娘の姿を伝えるだらりの帯は全国にも知られ、京都観光事業の一端を担っている。
      芸妓も舞妓も長く裾を引いた着付けをする時は必ず左手で褄を持つ。 芸妓を俗に左褄と呼ぶのはこのとこからきている。 花嫁や太夫は右で持つがこの場合、右に褄の合わせ目がきてそのすぐ奥に長じばんの合わせ目があるので、つまりは手が入りやすいというわけだ。 左手で持てば褄の合わせ目は左、しかし長じばんの合わせ目は右であるから、男性が手を入れようとしても入らない。 芸は売っても身は売りませんよという意味で、芸妓舞妓は誇りを持って左褄を取るのである。

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